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高松高等裁判所 平成10年(行コ)17号 判決

控訴人

丸亀税務署長 田中廣海

右指定代理人

河合文江

松本金治

白石豪

宇野秋則

海野眞次

加藤公一

片岡大司

被控訴人

亀井陽二

右訴訟代理人弁護士

喜田芳文

訴訟参加人

秋山佐和子

右訴訟代理人弁護士

安彦和子

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

控訴指定代理人らは「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を決め、被控訴人代理人は主文と同旨の判決を求めた。

第二事案の概要

一  原判決の引用

原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の項に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決九頁二行目から三行目にかけての「秋山に対する配分金あるいは贈与として」を「秋山に対する配分金あるいは贈与として交付するとの考えのもとに」と訂正する。

二  当審における控訴人の付加的主張

1  甲土地の帰属について

甲土地は本件被相続人が当審訴訟参加人秋山(以下「参加人」という。)に一〇〇〇万円を送金して、本件被相続人のために甲土地を買わせたものであるから、本件被相続人が所有し、その死亡により被控訴人の相続した遺産の一部であった。その理由は次のとおりである。

〈1〉 参加人は、甲土地の売買代金に充てられた一〇〇〇万円が本件被相続人から参加人に送金された昭和四七年当時、道路計画により東京都練馬区北大泉所在の自宅について立ち退きを迫られるという窮状にはなく、したがって、右送金が参加人のためになされたものではない。このことは参加人自身の証言によっても明らかであるし、現に甲土地は参加人の住居ではなく営業用店舗として使用され、これを住居にしたのは、昭和五〇年に至ってからである。

〈2〉 第一次相続に関する遺産分割協議は、特別受益の評価をめぐって深刻な対立があって(甲一〇の二資料1)、乙土地の買収が現実化する前に参加人にその取り分を送金する状況になかった。

〈3〉 被控訴人及び参加人(以下「被控訴人ら」という。)は、昭和四六年一二月から昭和四七年六月にかけて作成された遺産分割協議書は、参加人の関与なく作成されたものであるから無効である旨主張するが、当審証人竹林文の証言(以下「竹林証言」という。)によれば、右各遺産分割協議書は、当時のしきたりとして、本件被相続人において亀井家を継ぐ者として、他の相続人より多く相続することについて他の関係者も了解のうえで作成されたというのであり、たとえそうでないとしても、少なくとも本件被相続人や竹林文の認識としては、亀井家を継ぐ本件被相続人において乙土地を正当に相続したと認識していた筈である。この点に照らすと、本件被相続人は乙土地を相続済みであるから、本件被相続人が送金した一〇〇〇万円は、第一次相続に関する配分金ではなく、本件被相続人が参加人から土地を買いたいとの連絡を受けて、甲土地を買わせることに限定して送金し、これを本件被相続人名義で買わせたものである。

〈4〉 右遺産分割協議書には、参加人が被控訴人と同一不動産につき同割合の持分を相続する旨記載されている(甲四の1、五)。もし、右一〇〇〇万円が第一次相続に関する配分金であるとすれば、被控訴人にも同様の配慮をしなければ不公平になるが、被控訴人にも他の相続人にも、右遺産分割協議書に記載された以外のものを配分した形跡はない。

〈5〉 参加人が右遺産分割協議書の作成を知らなかったとすれば、参加人の認識からすれば右一〇〇〇万円は遺産の配分金と考えるのが普通であるが、そうだとすれば、贈与税の心配はなく、甲土地の所有名義を本件被相続人にしなくてもよい筈である。参加人が贈与税に関する本件被相続人の説明に納得していたというのは配分金でないことが前提であり、参加人は、贈与になると税金対策上不都合であるので贈与とせずに、本件被相続人の所有とすることで納得したものと推認される。

〈6〉 参加人は、本件被相続人から「これは私が死んだらあげるから、私の名前にしておいて」と言われたことを認めている(乙九の1、2)。右の言葉の解釈として、死んだらあげるように取り計らうというのであれば、平成六年二月一四日、参加人と被控訴人らの間で取り交わされた合意(乙八)によって、甲土地は本件被相続人の相続人である被控訴人から参加人に贈与されたことになり、もし、死因贈与とするならば、本件被相続人は参加人に対し、平成元年ころ、甲土地の返還を請求している(乙九の2)ので、死因贈与の意思表示は撤回されたとみるべきである。

〈7〉 本件被相続人は、右のとおり、参加人に対し、平成元年ころ、甲土地の返還を請求している。これは、本件被相続人において、参加人に対して家を建て替えて被控訴人が住めるようにして欲しいとの申し入れをなし、紛争となって、その結果、本件被相続人は事情が変わったという理由で甲土地上の建物を収去して同土地を明け渡すように請求をしたものである。被控訴人らが主張するように、参加人が第一次相続の配分金として一〇〇〇万円を受領し、これを代金にあてて甲土地を買い受けて参加人の所有とし、その地上に居宅を建てたということを前提にすると、本件被相続人からの右申し出や、甲土地の明渡請求ができるものではなく、甲土地が本件被相続人の所有であることを前提にした行為というべきである。

〈8〉 参加人は、甲土地に関する権利証や契約関係書類を保管し、固定資産税等を納税しているが、甲土地には参加人が家を建てて利用していること、本件被相続人は妹である参加人を信頼していたこと、本件被相続人は死後に甲土地を参加人に与えるつもりであったことからすれば、不自然ではなく、本件被相続人に所有の意思がなかったともいえない。

2  課税上の信義則等の適用について

〈1〉 本件被相続人から参加人に送金された一〇〇〇万円が参加人において自己の所有地として甲土地を購入するためのものであったとすれば、右一〇〇〇万円は、本件被相続人も参加人も共にそれが贈与にかかるとの認識であったといえる。被控訴人らは、右一〇〇〇万円は宅平の遺産の一部である旨主張するが、同時に被控訴人らは、前記遺産分割協議は無効であり、本件被相続人及び竹林文が宅平の遺産の一部であった乙土地を含む遺産を不法に取得し、それを隠蔽するために、不法取得した乙土地が買収された対価の一部を参加人に送金したというのであるから、この送金された一〇〇〇万円は宅平の遺産という性格を喪失している。

〈2〉 右のように、本件被相続人から参加人に送金された一〇〇〇万円が贈与されたものであるとすると、本件被相続人は、甲土地を自己の名義で登記することによって、参加人に贈与税を課す端緒を隠し、右課税の時効期間を経過した段階において、甲土地は元々参加人の所有であったとして参加人に所有権移転登記をすることにより、参加人は贈与税の負担を免れることになる。このような結論が認容されると、課税庁は、参加人(贈与税)にも被控訴人(相続税)にも課税することができなくなる。

ある外観を作出した者が、その外観を前提に行動した第三者に対して責任を負うべきことは、民法九四条二項の類推適用を巡る判例法理が示すとおりである。右趣旨に照らし、また、課税庁においては、当事者間の内部関係に関する資料は掌握できず、外観を信頼するしかないことからして、甲土地が参加人の所有する土地であった旨の被控訴人らの主張は信義則ないし権利の濫用として許されるべきではない。

第三当裁判所の判断

一  原判決の引用

原判決の「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の項の記載を引用する。

二  当審における控訴人の付加的主張に対する判断

1  控訴人は、甲土地は本件被相続人が参加人に一〇〇〇万円を送金して、本件被相続人のために甲土地を買わせたものであるから、本件被相続人が所有したものであり、被控訴人が相続した遺産の一部であった旨主張し、その理由について、先ず、一〇〇〇万円の送金の動機について、参加人は当時東京都の道路計画により住居の立退を迫られていなかったことは、参加人の証言等により明らかであるし、甲土地のその後の利用方法からも裏付けられている旨主張する。しかし、参加人及び竹林証言並びに甲第一〇号証の二資料1によれば、当時、参加人は切迫した状況にまでは至っていなかったものの、住居の立退の通告を受けており、これを姉である本件被相続人に電話で話し、その際に本屋を開店したいとの希望も伝えていたことが認められるのであって、本件被相続人がこれを動機として、参加人に一〇〇〇万円を送金したと認めるのが相当である。

控訴人は、第一次相続に関する遺産分割協議は、特別受益の評価をめぐって深刻な対立があって(甲一〇の二資料1)、乙土地の買収が現実化する前に参加人にその取り分を送金する状況になかった旨主張する。しかし、控訴人の指摘する資料によっても、一〇〇〇万円が送金された当時、参加人を交えた相続人間において特別受益の評価をめぐって深刻な対立があったとは認められない。むしろ、参加人は、第一次相続に関する遺産分割協議に深く関与していなかったことが窺えるところである。

控訴人は、竹林証言によれば、昭和四六年一二月から昭和四七年六月にかけて作成された遺産分割協議書は、当時のしきたりとして、本件被相続人において亀井家を継ぐ者として、他の相続人より多く相続することについて他の関係者も了解のうえで作成されたというのであり、たとえそうでないとしても、少なくとも本件被相続人や竹林文の認識としては、亀井家を継ぐ本件被相続人において乙土地を正当に相続したと認識した筈であるから、本件被相続人が送金した一〇〇〇万円は、第一次相続に関する配分金ではない旨主張する。しかし、竹林文は、右遺産分割協議書の成立について、これの無効を主張する参加人と対立する者であり、遺産分割協議書の作成に関する竹林証言はたやすく信用できないし、弁論の全趣旨によれば、本件被相続人は、宅平の遺産を利用しなければ一〇〇〇万円の工面ができる状況にはなかったと認められ、現に引用認定事実のとおり、乙土地を担保に供して一〇〇〇万円を捻出しているのであるから、控訴人の主張するところをもって、本件被相続人が送金した一〇〇〇万円が第一次相続に関する配分金ではないとはいえない。また、控訴人は、本件被相続人は参加人に対し、甲土地を買わせることに限定して送金してこれを買わせた旨主張するが、参加人の証言及び引用認定事実によれば、本件被相続人は、甲土地の売買に関し、現地を検分したり、売買代金について交渉したりするなどの具体的な行動を一切していないのであって、参加人に対して甲土地に限定して買わせたとは認められない。

控訴人は、遺産分割協議書には、参加人が被控訴人と同一不動産につき同割合の持分を相続する旨記載されているから、もし、一〇〇〇万円が第一次相続に関する配分金であるとすれば、被控訴人にも同様の配慮をしなければ不公平になるところ、そのようにされた形跡はない旨主張する。右主張は、遺産分割協議が有効に成立したことを前提にする主張であるが、この点に関する判断は、引用判断のとおり差し控えるとしても、被控訴人の身分関係は、引用認定事実のとおり、宅平の子である竹林文の実子で、宅平の養子であるとともに本件被相続人の養子であり、将来においては、結局のところ宅平の遺産のかなりの部分を相続により取得できる立場にあるから、参加人と同列に考えるのは相当でない。

控訴人は、参加人が右遺産分割協議書の作成を知らなかったとすれば、参加人の認識からすれば右一〇〇〇万円は遺産の配分金と考えるのが普通であるが、そうだとすれば、贈与税の心配はなく、甲土地の所有名義を本件被相続人にしなくてもよい筈であるところ、参加人が贈与税に関する本件被相続人の説明に納得したというのは配分金ではないことが前提であり、参加人は、贈与になると税金対策上不都合であるので贈与とせずに、本件被相続人の所有とすることで納得したものと推認される旨主張する。しかし、引用認定事実及び引用判断の示すとおり、参加人の甲土地の利用及び納税の状況からして、参加人は甲土地を自己の所有地として占有管理していたもので、その名義を本件被相続人にしたのは、本件被相続人から多額の贈与税がかかるといわれたことが原因と認められるのである。

控訴人は、参加人は本件被相続人から「これは私が死んだらあげるから、私の名前にしておいて」と言われたことを認めている(乙九の1、2)ところ、右の言葉の解釈として、死んだらあげるように取り計らうというのであれば、平成六年二月一四日、参加人と被控訴人らの間で取り交わされた合意(乙八)によって、甲土地は本件被相続人の相続人である被控訴人から参加人に贈与されたことになり、もし、死因贈与とするならば、本件被相続人は参加人に対し、平成元年ころ、甲土地の返還を請求している(乙九の2)ので、死因贈与の意思表示は撤回されたとみるべきである旨主張する。しかし、控訴人の主張する参加人の言葉である「私が死んだらあげる」という参加人の表現は、参加人の証言及び弁論の全趣旨によれば、名義を形式的に本件被相続人にしていても、本件被相続人に子供はいないから、本件被相続人の死亡の時点で、相続を登記原因として、参加人に登記名義を移転(あげる)すると言われたことを意味していると解される。したがって、控訴人の右主張は前提を誤る主張に過ぎない。

控訴人は、本件被相続人は参加人に対し、平成元年ころ、甲土地の返還を請求しているが、これは、本件被相続人において、参加人に対して家を建て替えて被控訴人が住めるようにして欲しいとの申し入れをなして紛争となり、その結果、本件被相続人は事情が変わったという理由で甲土地上の建物を収去して同土地を明け渡すように請求をしたものであるから、これは甲土地が本件被相続人の所有であることを前提にした行為である旨主張する。確かに、乙第九号証の1、2(平成五年七月一五日に行われた宅平の相続人間の会話を録音したテープと反訳書)、甲第一〇号証の2資料1(同会話の記録)によれば、平成元年ころ、本件被相続人は、参加人に対し、甲土地上に参加人夫婦が建てた居宅を改築し、被控訴人を住まわせる構造の建物を建築することを申し入れ、これを拒否した参加人に甲土地の明渡しを要求するような言葉を使用したことが認められる。しかし、参加人及び竹林証言と弁論の全趣旨によれば、本件被相続人は、被控訴人が留学を終えて帰国し、東京に拠点を持ちたいと希望しているのを知り、たまたま甲土地の名義が本件被相続人になっていることを理由として建て替えを申し入れ、参加人夫婦が好意でこれに応えてくれることを期待したところ、参加人の強い拒否にあい、言葉の応酬として、甲土地の明渡しを要求するような言葉が使用されたが、この後、この話は立ち消えとなり、本件被相続人が死亡するまでの間に、本件被相続人から参加人に対し、右のような要求がなされたことはなかったと認められる。右事実からすれば、本件被相続人においては、甲土地の所有者として、真に甲土地の明渡しを要求したものではなかったというべきである。

控訴人は、参加人が甲土地に関する権利証や契約関係書類を保管し、固定資産税等を納税しているのは、参加人において甲土地に家を建てて利用していること、本件被相続人は妹である参加人を信頼していたこと、本件被相続人は死後に甲土地を参加人に与えるつもりであったことからすれば、本件被相続人が甲土地の所有者であることと矛盾しないし、不自然なことではない旨主張する。しかし、既に判示のとおり、本件被相続人が死後に甲土地を参加人に与えるつもりであったとは認められず、引用認定事実及び引用判断のとおり、参加人による甲土地の占有利用及び納税状況は、参加人が甲土地の所有者としてなしたものと認められるところである。したがって、控訴人の右各主張はいずれも理由がない。

2  控訴人は、本件被相続人から参加人に送金された一〇〇〇万円が参加人において自己の所有地として甲土地を購入するためのものであったとすれば、右一〇〇〇万円は、贈与となり、そうだとすれば、本件被相続人は、甲土地を自己の名義で登記することによって、参加人に贈与税を課す端緒を隠し、右課税の時効期間を経過した段階において、甲土地は元々参加人の所有であったとして参加人に所有権移転登記をすることにより、参加人は贈与税の負担を免れることになるが、このような結論が認容されると、課税庁は、参加人(贈与税)にも被控訴人(相続税)にも課税することができなくなるところ、ある外観を作出した者が、その外観を前提に行動した第三者に対して責任を負うべきことは、民法九四条二項の類推適用を巡る判例法理が示すとおりであり、右趣旨に照らし、また、課税庁においては、当事者間の内部関係に関する資料は掌握できず、外観を信頼するしかないことからして、甲土地が参加人の所有する土地であった旨の被控訴人からの主張は信義則ないし権利の濫用として許されない旨主張する。

しかし、引用判断のとおり、本件被相続人から参加人に送金された一〇〇〇万円が贈与に該当するとしても、実質的には宅平の相続財産の配分金であり、第一次相続から離れた純然たる贈与金とはいえないこと、また、引用認定事実及び既に判示したところによれば、参加人においては、相続税あるいは贈与税に関する無知のために、本件被相続人の助言に従い、本件被相続人においても、相続税あるいは贈与税に関して十分な知識のないままに参加人に助言したものと推認されること、本件被相続人を相続した被控訴人においては、甲土地を本件被相続人名義にすることについて関与したとの証拠はないことなどの事情を総合すれば、被控訴人らの主張が信義則ないし権利の濫用として許されないとは考えられない。したがって、控訴人の右主張は採用できない。

第四結論

以上によれば、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上正明 裁判官 溝淵勝 裁判官 杉江佳治)

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